ありがとうヴィーナスフォート!「お台場」の思い出と青海地区のこれからについて

こんばんは、江東区の小松みきひでです。

閉館前にいつか行きたいな~と思っていたのですが、いよいよ本日が閉館、ということで行ってきました。ヴィーナスフォート。

厳密に言えば、台場は港区で、ヴィーナスフォートは江東区青海に位置するのですが、あのエリア一帯の思い出を込めて以下「お台場」と呼びます。

幼稚園の頃、電車っ子であった私はゆりかもめが大好きで大好きで、よく親にお台場に連れて行ってもらったのを覚えています。

当時のお台場といっても、あるのはせいぜいフジテレビ、デックス、アクアシティ、そしてヴィーナスフォートくらい。(それでも十分夢いっぱいな感じだけど)

ちなみに、ゆりかもめも有明止まりでした。豊洲延伸の話は当時からあったような気がします(2006年に豊洲へ延伸)

有明といっても、当時の有明はがん研病院も無ければ、いわんや有明ガーデンもない。

そなエリアも2010年に出来てますし、本当に何もないエリアでしたね。というか、何があったんだろう…笑

この臨海副都心のエリアは、時の石原慎太郎知事がカジノを誘致する!と声を上げ賑わせるなどしながら、平成の時代からその歴史を重ねてきました。

臨海副都心の歴史、そしてヴィーナスフォート開業にあたっての涙ぐましい裏側はこちらの日経新聞の記事によくまとまっていましたので、ぜひ。

森ビル「ヴィーナスフォート」閉館へ 東京臨海の未来探る:日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC281DU0Y2A220C2000000/

あの、なんて表現したらいいか考えてしまうのですが…

レインボーブリッジを渡ることで感じる、ここから先の「別世界」感。

もっと言えば新宿や渋谷、あるいは上野といった地続きの場所とは何かが違う、特別感。

若いカップルや家族連れがこぞって「お台場に行こう!」となる理由の一つがそこにあったのだと思います。

そんな中、昨年の大江戸温泉物語の閉館に続き、パレットタウンの再開発という新たな歴史への1ページが刻まれることになりました。

(パレットタウンの閉館は借地権の問題ゆえではないようです)

パレットタウンは、本日のヴィーナスフォートの閉業、そして8月末の大観覧車等の営業終了を機に完全クローズとなります。

パレットタウンがクローズした後の青海のまちはどのように生まれ変わるのでしょうか。

江東区議会で提示された資料によれば、跡地の一部(トヨタ自動車部分?)には1万人規模のアリーナが設置される模様です。

パレットタウンが位置する臨海副都心エリアは、日本の今後の成⻑を牽引するエリアと なっていくことが見込まれています。本事業区域の進出事業者であるトヨタ自動車株式会社および森ビル株式会社は当エリアにおいて、新たな賑わい創出に資する施設を企画・検討し、引き続き磁力ある(原文ママ)街づくりに取り組んでまいります。

パレットタウン 各館閉館/事業終了について

と、プレスリリースでは謳われているので、残る森ビル部分が更地に、ということはないと思われますが、何が出来るんでしょうか。今から楽しみです。

というわけで、閉館当日のヴィーナスフォートに訪れたところ、エモくなってしまったので、お台場の思い出を振り返ってみました。

中世ヨーロッパ感あふれる、ヴィーナスフォートの街並みを写真に納めたので、記録も兼ねてこちらに。

映え
映えという概念が生まれるはるか前から、この街並みは映え
中庭はクロージングセレモニーの準備が
タレントに頼るとかでなく、店員さん一人ひとりの写真が使われてて泣ける
知らないアイドルのライブとかよくやってたイメージ
ヴィーナスフォートといえば、やっぱりこの噴水広場ですよねぇ…
こんなん泣けるゥゥゥ…!

時代の移り変わり、特に「日常」を構成していたピースを失うというのは、それが新しいものに生まれ変わるとしても、なんとも切ない一面を持つものです。

青海、そして「お台場」がさらに人々に夢を与える街に進化し続けることを願ってやみません。

8月末の大観覧車営業終了までには彼女を作って、観覧車デートするゾ!(遠い目)(結局1人で乗ってそう)

それでは、また。

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